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宇都宮地方裁判所 平成9年(わ)258号 判決 1997年8月27日

本籍

東京都世田谷区代田五丁目三一番

住居

栃木県宇都宮市今泉町一六二一番地 大光ビル六〇二

医師

福泉嘉

昭和二〇年一〇月一二日生

本籍

東京都世田谷区代田五丁目三一番

住居

栃木県宇都宮市桜一丁目二一番地 グランディージュ二〇二

医師

福泉成輝

昭和二四年一月二七日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官樋口勝男及び私選弁護人新井且幸各出席のうえ審理して、次のとおり判決する。

主文

一  被告人福泉嘉を懲役一〇月及び罰金一六〇〇万円に、被告人福泉成輝を懲役一〇月及び罰金一五〇〇万円にそれぞれ処する。

二  被告人両名において、その罰金を完納することができないときは、各金二五万円をそれぞれ一日に換算した期間、被告人両名を労役場にそれぞれ留置する。

三  被告人両名に対し、この裁判確定の日から、各三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、栃木県宇都宮市下栗一丁目一番地一において、福泉医院との名称で内科・外科・産婦人科等の診療を行う医院を共同して営むものであるが、共謀のうえ、

第一  被告人福泉嘉の所得税を免れることを企て、売上の一部を除外するとともに、架空の仕入を計上する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、

一  平成四年分の実際総所得金額が二七九九万五四六一円あったにもかかわらず、平成五年三月一五日、栃木県宇都宮市昭和二丁目一番七号所在の所轄宇都宮税務署において、同税務署長に対し、平成四年分の総所得金額が一六二三万六〇四九円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると六六六万五〇九二円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、平成四年分の正規の還付を受けることとなる税額一六七万〇一九二円と右申告税額との差額四九九万四九〇〇円の還付を過大に受けた。

二  平成五年分の実際総所得金額が九六七九万六九七〇円あったにもかかわらず、平成六年三月一五日、前記宇都宮税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総所得金額が二五七一万一二五八円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると九〇八万三八三六円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、平成五年分の正規の所得税額二六〇七万七八〇〇円と右申告税額との差額三五一六万一六〇〇円を免れた

三  平成六年分の実際総所得金額が一億二二一一万八四四八円あったにもかかわらず、平成七年三月一五日、前記宇都宮税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が四九九五万九八〇六円でこれに対する所得税額は一四一万五四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、平成六年分の正規の所得税額三六八七万二四〇〇円と右申告税額との差額三五四五万七〇〇〇円を免れた

第二  被告人福泉成輝の所得税を免れることを企て、売上の一部を除外するとともに、架空の仕入を計上する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、

一  平成五年分の実際総取得金額が九八三六万六九七〇円あったにもかかわらず、平成六年三月一五日、前記宇都宮税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総所得金額が二五七一万一二五八円でこれに対する所得税額は八二三万七五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、平成五年分の正規の所得税額三六〇〇万一四〇〇円と右申告税額との差額二七六六万三九〇〇円を免れた

二  平成六年分の実際総所得金額が一億二四五六万八四四八円あったにもかかわらず、平成七年三月一五日、前記宇都宮税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が四九九五万九八〇六円でこれに対する所得税額は一八二七万四〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不在の行為により、平成六年分の正規の所得税額四七一七万一〇〇〇円と右申告税額との差額二八八九万七〇〇〇円を免れた

ものである。

(証拠の標目)

事実全部について

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  被告人両名の検察官に対する各供述調書

一  佐藤行正の検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官作成の査察官報告書

第一の各事実について

一  宇都宮税務署長作成の回答書(検一号)

一  大蔵事務官作成の売上金額調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の仕入金額調査書(検一号)

一  大蔵事務官生方左久男作成の租税公課調査書

一  大蔵事務官作成の荷造運賃調査書

一  大蔵事務官生方左久男作成の水道光熱費調査書

一  大蔵事務官生方左久男作成の旅費交通費調査書

一  大蔵事務官生方左久男作成の通信費調査書

一  大蔵事務官生方左久男作成の広告宣伝費調査書

一  大蔵事務官生方左久男作成の接待交際費調査書

一  大蔵事務官生方左久男作成の損害保険料調査書

一  大蔵事務官生方左久男作成の修繕費調査書

一  大蔵事務官作成の消耗品費調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の福利厚生費調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の給与賃金調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の地代家賃調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の燃料費調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の支払手数料調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の諸会費調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の新聞図書費調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の雑費調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成の青色申告特別控除額調査書

一  大蔵事務官作成のその他所得から犯則所得へ調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成のその他所得調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成のその他所得(給与所得)調査書(検一号)

一  大蔵事務官作成のその他所得(雑所得)調査書(検一号)

第一の一及び二の各事実について

一  検察事務官作成の捜査報告書

第一の一の事実について

一  大蔵事務官作成の修正損益計算書(検一号)

一  大蔵事務官郡司茂作成の脱税額計算書(検一号)

第一の二の事実について

一  大蔵事務官作成の修正損益計算書(検二号)

一  大蔵事務官郡司茂作成の脱税額計算書(検二号)

第一の三の事実について

一  大蔵事務官作成の修正損益調査書(検三号)

一  大蔵事務官郡司茂作成の脱税額計算書(検三号)

第二の各事実について

一  宇都宮税務署長作成の回答書(検二号)

一  大蔵事務官作成の売上金額調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の仕入金額調査書(検二号)

一  大蔵事務官星野由夫作成の租税公課調査書

一  大蔵事務官星野由夫作成の水道光熱費調査書

一  大蔵事務官星野由夫作成の旅費交通費調査書

一  大蔵事務官星野由夫作成の通信費調査書

一  大蔵事務官星野由夫作成の広告宣伝費調査書

一  大蔵事務官星野由夫作成の接待交際費調査書

一  大蔵事務官星野由夫作成の損害保険料調査書

一  大蔵事務官星野由夫作成の修繕費調査書

一  大蔵事務官作成の消耗品費調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の福利厚生費調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の給与賃金調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の地代家賃調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の燃料費調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の支払手数料調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の諸会費調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の新聞図書費調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の雑費調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成の青色事業専従者給与調査書

一  大蔵事務官作成の事業専従者控除調査書

一  大蔵事務官作成の青色申告控除調査書

一  大蔵事務官作成の青色申告特別控除調査書

一  大蔵事務官作成のその他所得から犯則所得へ調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成のその他所得調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成のその他所得(給与所得)調査書(検二号)

一  大蔵事務官作成のその他所得(雑所得)調査書(検二号)

第二の一の事実について

一  大蔵事務官作成の修正損益計算書(検四号)

一  大蔵事務官森山泰治作成の脱税額計算書(検一号)

第二の二の事実について

一  大蔵事務官作成の修正損益計算書(検五号)

一  大蔵事務官森山泰治作成の脱税計算書(検二号)

(法令の適用)

罰条 いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法六五条一項(被告人福泉嘉については第二の一、二、被告人福泉成輝については第一の一ないし三)、六〇条、所得税法二三八条一項

刑種選択 いずれも懲役刑及び罰金刑の併科刑を選択

罰金額の上限の変更 所得税法二三八条二項(第一の二、三、第二の一、二)

併合罪の処理 懲役刑については前記刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(被告人福泉嘉については犯情の最も重い第一の三の罪の刑、被告人福泉成輝については犯情の最も重い第二の二の罪の刑にそれぞれ法定加重)

罰金刑については前記刑法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算

労役場留置 前記刑法一八条

懲役刑の執行猶予 前記刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、兄弟で医院を共同経営する医師である被告人両名が、共謀のうえ、不正の行為により、それぞれの所得に関して、所得税を免れる等した脱税事案である。本件の動機は、高額の借金の返済や将来に備えての備蓄等というものであるが、結局は利己的なものに帰するものであって、特別斟酌すべき事情とは認められない。犯行の態様も、複数年度にわたって、売上を除外したり、架空の経費を計上する等した典型的な手口で、しかも、税務処理を依頼していた公認会計士兼税理士からの疑義の指摘を押し切って犯行に及んでいる側面も窺われ、芳しいものではない。脱税額は、被告人福泉嘉分が約七五六〇万円、被告人福泉成輝分も約五六五〇万円で、総額では一億三二一〇万円余と多額に上っており、ほ脱率もかなり高い。以上の諸点に鑑みれば、被告人両名の刑事責任は軽くみることはできない。

しかしながら、他方で、被告人両名とも、本件を深く反省悔悟していて、二度と脱税を行わない旨誓約するとともに、新たに依頼した税理士の指導の下に、再犯防止体制も構築しており、右税理士も厳重に審査監視する旨公判で証言していること、当然のこととはいいながら、すべて修正申告をすませ、本税等も完納しているうえ、反省の証として、被告人福泉嘉が金三〇〇万円、福泉成輝が金二〇〇万円をそれぞれ贖罪寄付しているほか、所属していた医師会もそれぞれ脱会していること、本件が医師による脱税事件として広く報道されたことにより、既に一定の社会的制裁も受けていること、被告人両名は、もとより前科は有せず、今後とも地域医療に尽力貢献したいとの意向を示していること等有利な若しくは酌量すべき事情も種々存する。

そこで、これら諸般の事情を総合考慮して、主文の刑を量定したものである(弁護人は、被告人両名に対して、医業停止処分が予想され、その内容次第で多大な打撃と影響を受けることになるところ、医業停止処分は、刑事裁判の量刑に概ね比例しているとして、この点を特に配慮のうえ、罰金刑のみをもって処断するよう求めている。しかしながら、犯罪事実に対する刑責の程度等から通常予想される刑罰が本来予定している以上の著しい苦痛ないし社会生活上の不利益をもたらす結果となる等特別の事情がある場合に、この点を量刑上考慮できなくはないにしても、あくまでも付随的な一因子にとどまるのである。本件においては、その事案の性格や内容等に加えて、従前の同種事例に関する科刑の実情にも鑑みれば、弁護人が縷々指摘する諸事情を十分勘案しても、被告人両名に対して、懲役刑及び罰金刑の併科刑をもって臨むのは、誠にやむを得ないというべきである。そして、医業停止処分は、医師法上、厚生大臣において、一定の事由が存する場合に、被処分者に弁明の機会を与えるとともに、医道審議会の意見を聞いたうえで、行うことができる旨定められているものであって、このような性格を有する将来の不確定な医業停止処分を、量刑上考慮することには、公務員が禁錮刑以上に処せられると必然的に失職するような場合と比べても、ましてや限界が存することが明らかであり、もとより、本件について刑種として罰金刑のみを選択することを相当とする事情として重視することは到底困難である。なお、被告人両名が医業停止処分の回避ないし軽減を図る機会は、前記のとおり、医師法上与えられているところである。)。

(求刑 各懲役一〇月及び罰金二〇〇〇万円)

号地地目、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯渕進)

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